世界の中心は私たちだよね?-ネパールあるある

世界の中心は私たちだよね?-ネパールあるある

ネパールは北を中国、東西南をインドに挟まれたアジアの小国です。

ヒマラヤ山脈という世界的にも有名な観光地(?)を持ち、カトマンズ、パタン、バクタプルなどの世界遺産も持っているにも関わらず、世界中からの援助を必要とする極貧国です。

しかし、この国はとってもユニークです。世界中からバックパッカーや自分探しの若者たちがやって来ては、悟りを開いて帰っていきます。

都市部は観光地となっており、たくさんの外国人が歩いています。しかし、少し都市部から離れると極貧の田舎町で、とても閉鎖的な文化です。

閉鎖的と言っても、人を寄せ付けないわけではなくて、自分たちだけの文化圏を築いており、外との交流があまりないという意味です。

この記事ではネパール人という人たちについて、ネパール在住6年の私が自分なりの考察をお伝えします。

やりたいことをしないと気が済まない

一般的に、国際化の進んだ文化圏では、相手を尊重していい気分になってもらうようにします。特に、外国から来た人に関しては、その人の好きなようにさせてあげる、こちらのやり方を強制しないというのが普通かと思います。

しかし、ネパールではネパールのやり方がワールドスタンダードです。というか、そのように思っています。

サティつまり友達(知り合いも含む)を見つけたら家に上がってもらうわないと気がすみません。

チヤ(甘い紅茶)は必ず飲ます

家に上がってもらったら次はチヤを出さないと気が済みません。「チヤ カノスナ」(お茶を飲んでいってください)と勧められます。しかし、これはかなり強制的です。こちらも断り文句を言います。

  1. 「パルダイナ」(要りません)
  2. 「アヒレ ナカオン」(今は飲まないでおきましょう)
  3. 「ビハナ カイサキョ」(朝に飲んだ)

どれを言っても結果は同じです。聞き入れてくれません。

「チヤ一杯飲んだからって何も変わらないよ。飲んでいきなさい。」「もう一杯飲めばいいじゃないか」と、無理やり作って持ってきます。

そして、大抵自分の分は持ってきません。「あなたは飲まないのか?」と聞くと、「私は朝から何度も飲んだ」というのです。

「じゃぁ、私の分も作らなくていいじゃないか!」と言いたくなりますが、グッと堪えて飲み干します。

無理やり断って飲まないとどうなるのかというと、帰り際に「お茶すら飲んでくれなかったね…」と愚痴を聞かされます。

彼らにとって、チヤを出さないことはありえないことで、ものすごい失礼に当たるそうです。

しかし、こちらの家に来たときは「いらない」と言って飲まないんですよね。よく分分かりません。。。

カナは必ずおかわりをさせる

ネパール人と友達になるとカナ(昼食または夕食)に誘われるようになります。

この時、お腹は超空腹状態で行く必要があります。なぜなら、恐ろしいおかわり攻撃があるからです。

カナを食べ始めてお皿がある程度減ってくると、ご飯を追加してきます。そして、ダル(豆のスープ)、タルカリ(野菜のおかず)、アチャール(漬物的なもの)を追加してきます。

最初に盛られているご飯がどんぶり1.5杯分くらいですが、さらにどんぶり1杯以上を追加してきます。

「マライ プギョ」(私はお腹いっぱいです)、「パルダイナ」(もう要りません)と言っても、「カノスナ」(いやいや食べてください)と足してきます。

一回で済めば良い方です。歓迎の精神にあふれる人は2度3度とトライしてきます。

また、断っている時に目をそらしてはいけません。足すのをあきらめたと見せかけて、横を向いたスキに皿に盛ってきます。

まさに吐きそうになるほど食べさせられます。

「本当に食べられない、病気になる」という意思が伝わるように断らないと大変なことになります。

しかし、一回もつぎ足させないと、「エクチョティ パニ タプヌバエナ」(一回もおかわりしてくれなかった)と文句を言われ、とてもさみしそうな顔をされます。

ちなみに、自分は食べたくないときは絶対に足させないし、残したりもします。一体、どういうことなのか。。。

世界中の人たちも自分たちと同じことをしているよね?

ネパールにはダサインとティハールというヒンズー教の大きなお祭りがあります。ネパール中が盛り上がる祭りです。

宗教があまりに文化と融合しすぎているのか、よくこんな質問を聞きます。

「ジャパンマ ダサインコ ベラ ケ ガルヌフンチャ?」これは訳すと「日本ではダサインの祭りの時に何をするんですか?」となります。

「ていうか、それヒンズー教の祭りやし!」と突っ込みたくなります。

「日本の人は普通はヒンズー教じゃないからダサインは祝いません」と説明すると、「え!?日本にダサインは無いの?」と本気でビックリされます。

ちょっとその感覚分かりません。

また、祭りごとの時に友人である外国人にもティカを付けようとしてきます。

ティカというのは、赤い色粉と米粒などを混ぜてドロドロした粘っこいものを額につける行為です。これは、ネパールのヒンズー教の礼拝行為の一種です。神の祝福が宿る的な意味があるそうです。

ここで間違ってほしくないのですが、世界のヒンズー教徒の大半はインド人ですが、インドではこのティカという行為はほとんど行われません。ネパールで独自に発展したものの様です。

「私はヒンズー教とじゃないし、ティカはつけないで」と断ると、「なんで?ティカしたらいいじゃない?」と本当に不思議な顔をされます。

お祭りごとや祝い事の時は世界中の人もティカを付けると思っている人がいまだにたくさんいます。

多分、これネパールだけの習慣です。。。

世界にはネパール人しかいない!?-やおよろずの神

私はネパール人の文化を知るために、彼らの歴史や宗教についてよく話を聞きます。

その時よく言われるのが、「テッティスカロッドの神」です。

テッティスカロッドとは、ネパール語数字で3億3000万という意味です。つまり、ネパールには3億3000万の神がいるという事だそうです。

といっても、名前のしれているヒンズー教の神は十数ぐらいだけだったと思いますが。。。

そして、 必ずおまけのように「1人につき10人以上の神様だ。すごいだろう。」と言います。

えーと、ヒンズー教徒はインドがメインで、世界中で約11億人が信仰していたような気がします。ネパールの人口は2700万人ぐらいなので、ネパールだけで見ると確かにその計算になります。

「それって、ヒンズー教の話だったはずでは?」といつも疑問に思います。

もしかして、ネパールのヒンズー教の神はという事で、インドのヒンズー教の神はまた別にいるんでしょうか?

日本でもやおよろずの神という言葉があるので、土着の神について話してるのかもしれませんが、自分たちだけの神様という見方が強いことに驚かされます。

私たちが世界で一番古いのさ!

これもネパールだけかもしれないのですが、宗教談議になると古さを強調してきます。

「仏教はいつ始まった?キリスト教は?イスラム教は?」と矢継ぎ早に質問してきます。そして、自信をもってこう切り出します。「知っているか?ヒンズー教は1万5千年前からあるんだ。一番古い宗教なんだ。すべての始まりだ。」

ここでも、目が点になります。ヒンズー教のルーツって確か3500年前くらいだったような。。。

そこで、こう尋ねます。「それ歴史的に正確なの?」そうすると「そんな事知らない」と返します。「じゃぁ、ギーター(ヒンズー教の聖典の一つ)に書いてあるの?」と聞くと「読んだことは無い。でも、そうだって聞いた。」と答えます。

大体、10人中9人はこんな答え方です。

子供の事から文化として絵本や口伝えで学んできているので、人によっていう事が違ったり、聖典を読んでいる人はほとんどいなかったり、正確なことを知っている人は少ないように思います。

どちらにしても、1万5千年前に文字は無かったはずです。ていうか、文明すらできてなかったと思うので、どこかでおかしくなっているんでしょうね。

ネパールでは、人から聞いたことを自分の知識として取り入れてしまう傾向が強いように思います。ですので、ネパール人の言う事をいきなり信じないでください。「この人はこう言っている」ぐらいの感じで受け止めていただければ幸いです。

聞いたことを日本に帰ってそのまま誰かに伝えると赤っ恥になるかもしれません。

まとめ:ネパール人は面白い

ネパール人は面白いです。

日本にない文化をたくさん持っていますし、世界の大半の人が知っている知識を知らないことも多いので、自分の知っていることを真実だと思っていることが多いです。

情報源がその辺のおじさんだったり、フェイスブックだったりします。

新聞に書いてあることを真実として鵜呑みにしてしまい、人の影響を受けて流されやすい、かわいい人たちです。

純粋というか無垢というか、愛すべき人たちです。

ちなみに、海外に働きに出てしまったネパール人は冷めている現代人的な人が多いです。いろいろ知りすぎて現実を見てしまったのでしょう。

現在、現代化と国際化が急激に進むネパールは都市部を始めとして、徐々にこの面白さが失われつつあります。

ですので、ぜひ今すぐネパールに足を運んでください。本当のネパール人の面白さを目で見て、耳で聞き、実感してください。ネパールでお待ちしております。